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味噌作りがつなぐコミュニティの輪。「人吉コミュニティ事務局にじのおと」の子育て支援の取組み

一般社団法人RCFは、令和2年7月豪雨で被災した人吉市におけるコミュニティ支援の一環として、2021年10月から12月にかけて実施された「味噌作りワークショップ」の開催をサポートしました。ワークショップを主催したのは、人吉市を中心に子育て支援を軸とした活動に取り組む「人吉コミュニティ事務局にじのおと(以下、にじのおと)」です。4児の母としての経験を活かしながらパワフルに活動されている、代表の松田亜希子さんにお話を伺いました。

「人吉コミュニティ事務局にじのおと」代表:松田亜希子さん

ママ達の「やってみたい」を現実に。誰かと一緒ならできることがある

――まずは、にじのおとがどんな団体なのか教えていただけますか?

松田:夫がダイビングのインストラクターをしていたので、石垣島で子育てをしていましたが、夫が30歳を迎えたのを機に人吉にUターンしました。

人吉に戻ってから、2011年頃に『うまれる』という映画の自主上映会を企画したことがきっかけで生まれた団体が、にじのおとです。とは言え「にじのおと」という名前がついたのはずいぶん経ってからで、2017年9月に命名しました。

何かを解決しようとすると、1人でどれだけがんばっても足りません。それぞれが手の届く範囲で助け合うことで、虹の一番内側から外側へと広がっていくように支援の輪が順々に届けば……という思いを込めています。

にじのおとは支援というよりも、自分達が困らないために好きでやっている活動という感覚です。月1ペースで子育てに関するイベントや講演会、サークル活動などを主催したり、開催のサポートをしています。

森の幼稚園をやりたいという人がいればそれを手伝ったり、おむつなし育児をやってみたいという人がいればメンバーで一緒に講習を受けに行ったり……誰かの「やってみたい」というつぶやきを実現していった結果が、にじのおとの活動になっています。

焼き芋大会を開催したことも。

 

――令和2年7月豪雨の際も、子ども関係の支援をされていたと伺いました。

松田:それに関しては、すごく運がよかったですね。SNSで発信していたこともあり、水害後すぐにフードバンクから連絡をいただいて、様々な支援につながりました。

例えばうちの子ども達が通う保育園では、保育士の先生方も半分以上被災されていたんですが、被災から2週間後には児童の受け入れが再開しました。自分達の家はめちゃくちゃな状態なのに保育をしなければならないという大変な状況だったので、保育士の先生方の生活サポートをさせていただきました。

それから、ぞうきんを持ってくださいとか、お手拭きタオルにループをつけてくださいとか、普段だったら対応できることでも、家財道具を流されてしまった家庭にとっては簡単なことではないですよね。昼食はごはんだけ各家庭で準備してくるという園もありますが、それも被災時には困難です。

そういった細かいことに対しても、メンバーが想像力を働かせて、お母さん達の日常のストレスを軽減するようなサポートをしてくれました

子ども達は子ども達で、友達と遊ぶ約束さえ気軽にできず、我慢を強いられている状況でした。そこで子ども関係の支援は全部受け入れて、とにかくここに来たら何か楽しいことがあるという状況を作るようにしていました。

――まさに、子育て経験が豊富なメンバーが中心となっているからこそできた支援ですね。
左:拠点のOPENを知らせる看板、右:寄せられた物資
託児や炊き出しの支援

 

コミュニティ支援として提案した味噌作りワークショップ

――今回は一般社団法人RCFのサポートを受け、仮設住宅などで味噌作りを実施されたということですが、なぜコミュニティ支援として提案したのが味噌作りだったのでしょうか?

松田:子どもをもつ世帯だけを支援していても、効果が薄いと感じたんです。「孫は遠くにいるけど、まだまだ元気!」というような世話好きな方を巻き込んでいきたいなと考えていたときにふと思い出したのが、近所の方の「昔味噌ばよう作りよった(味噌をよく作っていた)」という声でした。

味噌作りというアイデアが浮かんでから作れる人を探してみたら、1回だけなら教えてもいいという人が見つかったんです。教えてもらって、工程さえわかればできるなと思ったので、社協に投げかけて民生委員の方などを紹介してもらい、2021年9月末に各地区の代表を呼んで第1回を開催しました。

――てっきり長年味噌を手作りされてきた経験があるからこそのご提案だと思っていたのですが、アイデアを思いついてから作り方を習ったと聞いて驚きました。すばらしいフットワークですね!

松田:すっかり「味噌の人」として定着しつつありますが、味噌を作り始めたのは本当に最近なんです(笑) 第1回でお呼びした6地区のうち、2地区の方から自分の地区でもやりたいとの声をいただいたので、第2回はその2地区で開催しました。

それからグリーンコープ生協くまもとからも、社会福祉協議会のサロン活動として味噌作りをやってみたいという申し出があり、仮設住宅や3ヶ所の「みんなの家(仮設住宅のコミュニティスペース)」で合計8回実施しました。少ない回は3~4人、多い回だと10数人の参加がありました。

さらに、味噌作りについてSNSで発信していたところ、同じ県南地域の多良木町からも依頼がきました。参加者は基本的に高齢者の方が中心ですが、多良木町では子ども達も参加しています。

左:味噌作りの様子、右:作った味噌と一緒に記念撮影

 

――費用面やどのような準備が必要かについても詳しく教えていただけますか?

松田:材料費は地区によりますが、社会福祉協議会の主催でやったときは1人300円程度材料費をいただきました。第2回の分はRCFからご支援いただいています。多良木町で開催した際は、子育て支援としてにじのおとが材料費を負担しました。

参加者集めや場所と日程の調整などは、第1回に参加した各地区代表の方や、発案者の方が中心となって準備しています。私はとりあえず全部の回に同行して、足りない材料や機材を用意していました。

必要な食材は米麹、大豆、塩の3つだけ。機材はボウル、大豆をつぶすミートミキサー、味噌を熟成させるためのプラスチックの樽などですね。大豆を炊くのは圧力鍋があればその場でもできるのですが、大鍋だと5時間程かかるので、会場によってはこちらで炊いてから持っていきました。毎回約20㎏の味噌を仕込むのですが、大きめのプラスチック樽だと8個ほどの量になります。樽は100円ショップでも購入できますし、チャック付きビニール袋などに入れて持ち帰ってもOKです。

経験者の方の意見も参考にしつつ、いろいろな人と会う度に味噌のことを話題にしていました。ワークショップの時間は大体1時間半くらいです。味噌作りは1人だとなかなか手作りしようとは思わないですよね。お隣の錦町では味噌作りのコミュニティがあって、隣近所で一緒に作って分け合う文化があったようです。1人だと大変なことも、みんなでやれば楽しい行事に変わります。今回の味噌作りも、みんなで笑い合いながら、楽しい時間になりました。

 

「向こう三軒両隣」の関係が、いざというときのセーフティーネットに

――味噌作りを通じて、子育て世代とはまた違うコミュニティが生まれたんですね。コミュニティ支援の現場で活動されている松田さんは、人吉のコミュニティの実情についてどのように感じていらっしゃいますか?

松田:元々コミュニティのつながりが深い地域は水害後もその関係性がしっかりしているのですが、何もないところから新しくコミュニティを作っていくというのは難しいですね。50~60代が元気な地域は元に戻りつつあるという印象です。誰か1人でも元気のある人がいると、その人に引っ張られてコミュニティ全体も回復していくように感じます。

子育て支援に関しては、地域外から入ってくる方も多くいます。地域で選んでいるというよりは、人の縁をたどって参加するようになるというケースが多いのではないでしょうか。

水害後は場の大切さも実感しています。にじのおとの活動拠点として使わせていただいていた建物があったときは、町内の人にもよく顔を出してもらっていたのですが、公費解体で建物がなくなってからはなかなか声がかからなくなってしまいました。場がないと関係が作りづらいというのは、今も続く課題ですね。

 

――松田さんは4人のお子さんを育てながら精力的に活動されていますが、そのバイタリティはどこから生まれているのでしょうか?

松田:長期的・組織的なことは苦手なので、どんどん進められそうなことに手を付けているだけという感覚です。あとは運というか、周囲の人にも恵まれているなと思います。災害支援の活動などをやっている中で、子ども達を家に残しているけど帰れそうにないという状況もあったのですが、様子を見に来てくれた人の家に子ども達がそのままお世話になったり、「いつごはん作りよるとね?」と近所の人がおかずを作って持ってきてくれたりと、本当に助けられています。子ども達も家事を手伝ってくれていますし、水害直後には、過去にやったイベントがきっかけでつながった友人が半月程託児を引き受けてくれたこともありました。

私自身が助けられているということもあって、向こう三軒両隣の関係がすごく好きなんです。ただ、ご近所で頼り合える関係を作るまでにはたくさんの過程を踏まないといけないことも事実。実際、子ども食堂に来る勇気はあるけど、近所に声をかけるのはためらってしまうという人もいます。

ですが水害の際には、人的資本の差が復興の早さとして如実に表れていました。たくさんの人が手伝いに集まる家もあれば、まったく誰も来ないという家もあって、親の人的ネットワークが子ども達にも影響してしまうことを否応なしに感じさせられたできごとです。ちょっと勇気がいるかもしれませんが、子ども達のためというつもりで、まずはご近所から自分のネットワークを作っていってほしいなという思いはありますね。

お世話になった分、自分の子育てが落ち着いたら今度は自分が支える側になりたいという気持ちもあります。子ども達と遊んでくれていた近所のお姉さん達が子どもを産むときは、順番で支えていければと思っています。頼りすぎはよくないけど、がんばりすぎてしまったり、頼るのが苦手なママもいるので、「子育ては1人でしない」という感覚が社会全体に広がるといいですよね。

子ども食堂を実施した時の様子

 

地域全体で子育てができるまちづくりを目指して

――令和6年度にはにじのおとが活動拠点とする西瀬地区にも復興公営住宅ができる予定ですが、今後はどのような支援を行っていこうと考えていますか?

松田:子育て世代に限らず、「西瀬地区では地域全体で子どもを育てているんだよ」ということを知ってもらう機会を作りたいと思っています。入居して初めて顔を合わせる人も多いとは思いますが、仮設住宅を回って入居予定の方をにじのおとが主催するイベントにお誘いするなどして、なるべく事前のコミュニティづくりをしていきたいです。

人吉は温泉も多いので、みんなで活動した後は温泉に入って公共の場でのマナーを教えられるような場もあればいいなと思います。昔はご町内で当たり前にできていたことかもしれませんが、多様な人づきあいの中で、迷惑がられない、みんなにかわいがられるような子どもを育てていける地域にしていきたいです。

水害があったのは悲しいことですが、水害後の支援があったからこそ生まれたつながりもあります。今後頻繫な支援はなくなるかもしれませんが、もちつき大会やイルミネーション見学など、たまに会う親戚のような感覚で支援者同士が集まれる機会作りは続けていきたいと思っています。

かるた部活動の様子

それから子ども達には、やりたいことがあるのに水害やコロナのせいにしてあきらめるような人にはなってほしくないですね。私の娘の話になりますが、水害当時小学5年生だった彼女が、独学でやっていた競技かるたを本格的に習いたいということで、先生を探すことになったんです。すると近所で指導してくれる方が見つかって、「にじのおとかるた部」ができました。

送迎は親がするけど、基本的には自分達でやりなさいという約束で、毎週日曜に4時間の練習を続けています。練習の度に200円ずつ集めて資金を貯めて、大会出場も4回目になりました。

こんな風に、これからも誰かの「やってみたいんだけどなぁ」というつぶやきを後押しすることで、あきらめない子ども達が育つような活動を続けていきたいです。

――松田さん、ありがとうございました!

※本活動は、活動の一部、本記事作成等について日本財団の支援を受けて実施しています。

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